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			もともとはギタリストとして生計を立てていたのですが色々なことが有りギタリストとしての道は断念しました。
			でもギターが好きで好きでギターに関わる仕事以外全然は考えられなかったので、自分を本当に生かせる道として25年前にギター工房を立ち上げてギター製作と修理を始めました。
好きなことが仕事になっていて良いですね、と言われることもあります。
			確かにその通りかもしれません。
			大変なことも有りますが、この仕事が出来て本当に幸せだと感じます。
会社に来られるお客様の中には
			「この年になって昔弾いていたギターを引っ張り出してもう一度バンドをやりたいんで調整して下さい」
			「ギターを自分で改造したいんですがパーツが欲しいんです」
			「息子に自分のギターをプレゼントしたいので最高の状態にして欲しい」
			という嬉しくなるようなご依頼が沢山あります。
こんな声を聴くと出来るだけ力になって差し上げたいと思わずにはいられません。
			ギターを弾くことが三度の飯より好きな私にとっては(ちょっと表現が古いですね)
			皆さんの気持ちがホント良く分かります。
自分でも良く分かりませんがギターって何でこんなに魅力が有るんでしょうか。
			楽器も色々有りますが中学2年の時何故か初めからギターを選びました。
			よっぽど深い因縁が有るとしか思えませんね。(笑)
			それでは少し長くて退屈かもしれませんがギターバカの私のプロフィールをお読み下さい。
 
			小学1年ぐらいから電気が好きでラジオとかアンプを作っていました。
			当時は名古屋にいましたが栄というところに電気部品を売っているところがあって、
			こずかいを貯めては部品を買いに行っていました。
			でも小学生が作るということは知識も無いし、ましてや教えてくれる先輩もいませんでしたので、
			本を1日中眺めてどうやって作るかを考える毎日でした。
			でも毎日考えていると時間はかかりますが少しずつ分かってくるもんですね。
			こんな調子ですので食事もろくに取らず考えてはトライの繰り返しで、両親は「いったいこの子はどうなるのか」
			と心配していたと思います。
 
			 
			中学になると興味が電気から音楽へとシフトして行きました。
			当時はミュージックライフやヒットポップスという洋楽専門の本があって、その本をくまなく読み漁り、気になる内容をすべてノートに書き写す。
			そして洋楽が流れるラジオ番組を録音してヒット順位をノートに書き、毎週の曲の順位の動向をチェックして常に最新の情報をゲットする。
			当時はビートルズに完全にのめりこんでいて、「グループサウンズ? へ〜何それ」という感じの生意気な子供でした。
そしてついに中学2年の時ギターと運命的な出会いがありました。
			まあそれほど大げさなことでは無いのですが今まで聞くだけの音楽だったのが実際に音を出して演奏するという快感に衝撃を受けました。
今では中学生がエレキを持っているなんて普通なのですが当時はエレキを弾くというだけで完全に不良でした。(不良なんて単語は今通じませんね)
			でも好きなことは周りにどう思われようが一切関係ナシのいつもの調子でギターを弾くことに完全にのめり込んで行きました。
 
			同級生のバンドがあってテクニックもキャリアもありそれに刺激を受けて仲間を集ってバンドを組んだのですがなんせへたくその極みでお話になりませんでした。
			先輩バンドはベンチャーズや寺内たけしのコピーをやっていて学校でも人気のバンドでした。
			一方こちらは根っからの反骨精神で「グランドファンク」「ブラインドフェイス」「ツェッペリン」をやるぞ〜なんて、楽器を持って3か月のど素人が息巻いていました。
ベンチャーズバンドと一緒に出た演奏会があったのですが、一方はアンコールの嵐、一方は同級生の女の子を前にして悲惨この上ない結果に終わりこのショックは今でもトラウマになっている気がします。
これほどの屈辱を味わうと人間、鬼になりますね。
			とにかく人前でカッコ良く弾きたい!
			そのためには練習の鬼となってやる!
ということで食事以外はギターを弾くだけの生活になりました。
			当然勉強をやる時間はありません。
			というより頭の中がほぼ100%ギターのことだけでそれ以外のことを考えるキャパが無かったと言うほうが正解かもしれません。
 
			高校になるとそれまで聞いていたハードロックやブルースから興味がジャズにシフトして行きました。
			ブルーノートだけでアドリブすることに行き詰まりを感じていた所、ジャズのハーモニーとドライブ感が実に新鮮だったので
			「これからはジャズや」と方向転換をしたのでした。
ただジャズは難しかった。
			音楽の理論やジャズギターを教えてくれる人が周りに誰もいなかったので
			「独学でやるしかない!」と思い早速ジャズギターの教則本を買ったのですが、さっぱり分からない。
			また理論本は渡辺貞夫さん名著「ジャズスタディー」を畏れ多くも手に入れたものの五線譜もろくに読めない人間が
理解出来るわけが無い!
 
			ただ本来の一点集中視野狭窄型人間にとっては「ジャズスタディー」は格好の餌食となりました。
			授業中は教科書ではなく「ジャズスタディー」机に置いてひたすら見る。
			わからなくても見る。
			これを1週間ほどすると、ある瞬間「あ、なるほど」と分かる時が来る。次のページも同じことの繰り返し。
			ただ面白いことに最初は時間がかかっても次第にそれぞれの内容が有機的に繋がって理解が徐々に広がって行く。
			そうなるとますます面白くなって勉強どころではなくなってしまう。
			まあいつものパターンですが。
一方ジャズギターはどうして勉強して良いかわからなかったので、とりあえずカッコ良いと思ったフレーズをひたすらコピーコピーの繰り返し。
			コピーしたフレーズを譜面に書いてレコードに合わせて弾いてみる。忘れたら前に戻ってやり直し。
			まあこんなことを飽きもせず何年もやっていました。
			この頃はウエスモンゴメリ一辺倒で本当にレコードが擦り切れるほど聞きました。
しかしそのうち徐々に不満が募って来ました。
			一生懸命練習するのは良いが周りに一緒にジャズをやる連中は一人も居ない!
			せっかく覚えたフレーズを演奏することが出来ない!
今はジャズのセッションはどこでもやっていますが当時は皆無、また高校生がプロのライブに飛び入り、
なんていくら向こう見ずでもそこまでの勇気はありませんでした。
			これはいかん。何とかせねば!
 
			高校3年の頃「ジャズはちゃんと勉強せないかん」、と思い大阪の大国町ヤマハのジャズギター教室に入りました。
 
			そこで教えていたのが竹田一彦さんです。
			竹田さんといえば今や日本を代表するジャズギター界の重鎮です。
			その頃竹田さんは30代半ば。
			ジャズ一筋、怖かったですが素晴らしい熱いプレイをしていました。
			当時大阪でジャズギターを習う、といえばヤマハぐらいしか無かったのですが、ここで竹田さんに出会うことが出来て本当にラッキーでした。
竹田さんからはギタープレイだけでなくミュージッシャンとしての在り方に大きく影響を受けました。
			そして今まで独学でやってきて良かった部分もありますがやはり基礎をきっちりと勉強する大切さを感じました。
あれから40年近く経ちますがご自宅が近いということもあり、今でもギターワークスに気軽に立ち寄って下さいます。
			竹田さんといえば「ジョーニースミス」がトレードマークですが、その大切なギターのメンテナンスをいつもお任せいただいて本当に光栄に思っています。
			今でも現役バリバリの本当に素晴らしいジャズギタリストです。
			CDも出されていますので機会があれば是非お聞き下さい。
 
			何とか高校を卒業したのですが、よく卒業出来たと思います。
			まあ先生もこんな生徒を留年させて他の生徒に悪い影響を与えるぐらいなら
早く出したほうが良いと思ったのかもしれません。
この頃は「なんとしても音楽でメシを食って行くぞ」と思っていましたので、
どうしたらプロになれるかを必死に考えました。
			そうだ、もっと上手くなるために大学に入って軽音でジャズを思い切りやろう!
			まあ軽音に入って上手くなるわけはないのですが、兎に角余分な事を考えず音楽に没頭出来る環境が欲しかったのです。
			そこで大学選びはまずジャズの盛んなところを基準に考えました。
			当時は同志社がピカイチでした。
よし同志社に入るため勉強するぞ!
			ただ今までろくに勉強せず好きなことしかやってこなかったせいか勉強に集中できない、すぐ飽きてしまう。
			揺るぎないモチベーション保ちつつ何とか頑張ったのですがやはり試験には落ちました。
			仕方ない、勉強は嫌だけど1年浪人して来年には合格するぞ、と1年間頑張りましたが残念ながら同志社には行けませんでした。
			でももうひとつ受験した龍谷大学には何とか入れました。
 
			さあ、あとはギターを弾くだけだ!
			授業にはろくに出ずギター三昧の日々でした。
			京都にはいくつもジャズのライブハウスがありそこに出入りするうちに知り合いも増えて徐々に演奏の仕事をやるようになってきました。
まあ仕事と言ってもジャズの演奏の傍ら、祇園のスナックやキャバレーでの仕事が多かったのですが、毎日楽しかったですね。
			ミュージッシャンの仲間は大体同じ年代で皆プロを目指していました。
			ライバル同士、お互いに切磋琢磨しながらいつも朝まで酒を飲んでは音楽の話で盛り上がっていました。
			この頃の仲間の何人かは大阪や東京でベテランのジャズプレーヤーとして現在も活躍しています。
 
			好きな音楽をやりながら毎日を過ごしていたのですが、気づくと30歳近くになっていました。
			そしてある日自分を振り返り考え込んでしまいました。
			大学の同級生はちゃんと会社に就職して家庭を持ち一人前になっているのに今の自分はどうだろう。
			音楽でメシを食っていくことが厳しいというのは十分承知していたのですが
			「音楽は好きだけどこのまま進んで行って良いのだろうか」と考えるようになりました。
			毎日自問自答している中で考えに考えて自分なりの結論を出しました。
			「ギタリストとしての生活は諦めよう」
			これは今までわき目も振らず好きな道を進んできた自分にとって苦渋の選択でした。
			でも諦める決心をしてもギターを弾かない自分に一体何が出来るのか?
			さらに自問自答の日々が続きました。
 
			ある日閃きました。
			小さいころから物を作ることが何よりも好きだった!
			そうだギターを弾くのではなくギターを作ろう!
			まあ自分が満足出来るギターを作って弾きたかったのもありましたが、
とにかく自分を生かせる仕事としてこれしかない!
			と感じました。
でもギターは弾けても作ることなんてやったことがない。
			どうすればよいか...
			待てよ、ギター製作を教える学校があるということを何かで読んだことがある。
			何の当ても無くどうして良いかわからない中調べた結果、
今はもう無いのですが大阪の吹田にギター製作学校があることが分かりました。
			これと思ったらすぐに行動しないと気が済まない性格なので、
家から近いこともあり開校したばかりのこの「ギターエンジニアスクール」への入学を決めました。
			そして目標を持ったからにはこれからはギターを弾くことは一時的にせよ忘れて必死に頑張ろうという決心をしました。
 
			入学して1年間は自分に褒めてあげてもいいくらい勉強しました。
			ギターのハード面に関しては何も知らなかったので兎に角どんなことでもすべて吸収して行きました。
			また学校で教えてもらうだけでは満足できなかったので、ギターの製作に関する専門書を片っ端から読み漁りました。
 
			授業では年間数本のギターを製作するのが課題ですが、幸い朝から晩まで学校を開けてくれていたので、ギター製作に没頭することが出来きて10本ほど作りました。
			そして1年が過ぎて卒業となると年も30歳を超えていました。
			さあ就職先がない!
			ギター製作や修理工房はいくつかあっても求人なんて皆無でした。
			仮にギターと関係のない仕事につくのでもこの歳だと厳しいだろうな・・・
どうしようかと思っていると、ちょうど講師の助手が必要なのでどうかな?との話がありすぐにお願いしました。
			まだ自分の技術は未熟だったし、色々勉強したかったので講師の助手としての仕事に就けたことはとてもラッキーだったと思います。
			ここで4年ほど講師をしながら技術を磨き、業界の人脈も出来てこれで何とか独立してもやっていけるかな、と感じて講師を辞めました。
さあ独立するのは良いけど名前は何にしよう…
			いろいろ考えても浮かんでこないので「ギターワークス」なんてどうだろう。
			なんかどこにでもある当たり前過ぎる名前だけど分かり易くていいかも。
			ということで勢いで「ギターワークス」という名前に決めました。
 
			 
			実際に工房を始めると大変でした。
			今のようにネットが無く広告手段としては雑誌しかありませんでした。
			雑誌に広告を出してもお客さんはすぐには来ません。
			自分の大切なギターを雑誌の広告だけを見て修理に出しませんよね。
			でも誠心誠意、ご依頼頂いたギターを修理し、製作をするうちに口コミや紹介などで少しずつ評判が広がって行き、またギターメーカーや楽器店の修理などで徐々に忙しくなってきました。
現在はお持込だけではなく全国から修理品をお送りいただいており、修理・ギター製作共に一生懸命対応させて頂いております。
 
			でも長年仕事をしていても毎日が発見と勉強ですね。
			修理と言ってその内容は様々でベストな修理方法を悩み考え、スタッフ同志アイデアを出しながら進めることも珍しくありません。
そしてギターワークス当初から力を入れていたのがパーツの通販です。
			通販において弊社はギター工房ですので基本的にギター自作派を応援する事がスタートであり、何十年もキャリアがあるベテランの職人達がフォローできる工房です。 普通の通販ショップとは訳が違います。
			分からないことがあればお気軽にご相談下さい。
			ギターパーツや製作工具にいたるまで現場のプロがアドバイスいたします。
 
			始めにもお伝えしましたが、ギターってなんでこんなに魅力があって素晴らしいのでしょうね。
			人は楽しく生活をして、同時に人に喜んでもらうためにこの世に生きているんだと思います。
			ギターはその良きパートナーです。 皆さんそう思いませんか!
			皆さんの理想の音を追求し、充実した音楽ライフのお手伝いが出来ればこれほど嬉しいことはありません。
私はギターとお付き合いして45年経ちますが今でも時間を見つけて練習しています。
			飽きることはないのですか?と言われることもありますが、とんでもない!
			弾いていると楽しいですし、第一もっと上手くなりたいですからね。
			最後までお読み頂き本当にありがとうございました。
